相続トラブルの多くは不動産のトラブルと言い換えることができます。統計を手にしたわけではありませんが、筆者がこれまで見てきた相続トラブルや、弁護士や税理士などと業界ネットワークのなかで共有される対応事例の大半は不動産が絡みます。不動産承継のどのような部分にトラブルの種が隠れているのか。今回は相続に際し、不動産売却がどのように進んでいくのかを把握しましょう。
- 顧客属性 50代女性のAさん
- 相続トラブルは特になし。親が亡くなり、新潟県の実家を売却する必要性が生じた
- 新潟には不動産を所有希望する相続人はいない。亡くなった親も売却を希望していた
まずは売却前に不動産を誰のものとするか
Aさんが相談してきたのは、両親が亡くなって相続税申告書を提出した直後でした。父親は10年以上前に亡くなり、遺された母親からは「私が死ぬ前に実家をどうにかしないとね」と正月や盆など、顔を合わせるたびに考えていたとのこと。それでも往々にして相続の準備が進まないのは、やはり死というものが不吉なものであり、積極的に考えるべきではない、という考えが根底にあることがわかります。
時間は戻らないため、今回の相続はAさんの承継分を不動産のみとし、現預金はほかの兄弟に渡しました。恵まれていたのはAさんの仕事が税理士など相続の専門家と近く、十分なネットワークがあることを兄弟も知っていたこと。特に種類のある相続は誰が何を承継するという船頭多しの状態で停滞すること。早々にAさんは不動産を承継し、さてその不動産をどうするのかに考えを移しました。
なお、実家が現金にしたときにどれほどの評価額になるかは、不動産会社の友人に依頼して客観的なデータを算出して貰いました。自分が不動産のみを承継したことで金銭的なメリットが大きいことが「後から」わかると、翻って大きなトラブルになるためです。
生活圏内にない不動産を売却することの難しさ
売却検討に入ったAさん。まず実家から40km離れた中核都市にある不動産屋を尋ねました。相続時に評価額に協力して貰った不動産仲介です。あらためて話を聞いて驚いたのは、中核都市では相続をひとつの機会とした不動産の売却が続いており、著しい供給過多になっているという事実でした。
また、都市自体に入って来る人口数も減少しています。流入数が減少するということは、その市場に不動産を出しても買い手がつかない可能性が高いということです。友人の不動産仲介に依頼しつつ同時進行でほかの不動産屋にも依頼しようかと思いましたが、友人は仲が良いからこそ、敢えて苦言を呈してくれました。その友人によると、不動産仲介は売り手の代理として自分たち限定にする(専任媒介)にするとモチベーションが上がり、複数の業者に依頼するとモチベーションが急落するそうです。仲介個人がというよりも、会社全体の空気感が、とのこと。うまくやらなければいけないな、とAさんは実感しました。
全国ネットワークの不動産屋と地元の不動産屋
Aさんは特定の不動産業者に知り合いがいますが、本来実家の売却において不動産業者に相談するとき、優先順位をつけるべきでしょうか。インターネットなどを探ると、全国ネットワークの不動産業者と地元の不動産仲介のどちらに依頼するべきか意見が分かれています。
インターネット登場前のように告知力に違いがあるのなら、反響力の違いで判断することや、マイソク(物件情報をまとめたチラシ)の拡販力の違いは著しいものでした。逆に隣地の所有者などとの直接的コミュニケーションによって売買が決まるのも不動産の大きな特徴です。依頼において地元の不動産屋が持つ影響力を重視する方も多いものでした。インターネットによって均一化した物件案内力は、今後も継続していくことでしょう。
媒介契約後のポイント
不動産仲介を定めたAさんは実際の売却手続きに乗り出します。人の縁を大切にして地元の業者に専任媒介をお願いすることにしました。日常生活のなかで何度も現地に入れないAさんを慮り、動いてくれた担当者に感謝の一言です、とAさんは売買契約が終了したあとで振り返ります。相続のトラブルも人が介することで発生する可能性があれば、そのトラブルを解決するのも人との縁によって決め手となることがわかります。
2週間で物件の買い手が決まった理由
マイソクを出して5日後に最初の問い合わせがあり、10日後に内覧、その数日後には購入の意思決定が出されました。なかなか珍しいスピード購入です。決め手は実家の用途地域にありました。
Aさんの実家は第二種住居地域で、住居利用を中心としつつ事務所利用も可能な地域でした。ここで地元食材の売買店舗を構えつつ、EC用の在庫置き場として使いたいという話が持ち込まれます。住居用途に限定して近隣との倍率如何を考えていたAさんは驚きますが、そもそも自分の実家がどの用途地域かを気にしている人は少数です。とはいえ依頼を受けた不動産仲介が用途地域を前面に出していたわけではありません。前向きな施策が運を呼び、招いた結論でした。
何年前に不動産の行き先を想定できるか
今回の不動産処理がスムーズに完了した何よりの理由は、承継した不動産の所有権がAさん単独となっていたことです。家族(法定相続人)といえど複数所有にしていたら、売却のタイミングや買い手が手をあげたときの意思決定、値段交渉など様々な意見がありました。もしかしたら「実家は残すべき」という意見が生まれ、売却交渉自体が頓挫していた可能性すらあります。
ここから売却交渉の意思決定に船頭多しは忌避すべきであることがわかります。意思決定の方向が決まれば、Aさんのように専門家に移譲しながら進めていくことがポイントです。かつ、何よりも届いた縁を大切にすること。最後が最も大切かもしれません。
なおAさんは自宅において、地元食材をECで取り寄せるようになりました。当初直送で割引価格を提示されましたがきっぱりと断り、いちユーザーの立場で楽しんでいます。不動産売買から発生する縁は、人生が豊かになる繋がりを生み出すこともあります。
