証券会社の事業譲渡に携わった話

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約20年前のこと

約20年前のこと、筆者は某金融系システム構築会社で働いていました。

関連会社に小さな証券会社があり、その証券会社のシステム構築を担当していたのです。

今思えば朝から下手すると翌朝までがっつり働かされました。

しかしながら、この証券会社は最終的に同業某社に事業譲渡しました。

結果として筆者は仕事を失ったわけですが、その後ありがたいことに別の仕事に就けました。

一方で証券会社の事業譲渡時に起きることを目の当たりにできたのは今となっては貴重な経験だったかもしれません。今日はそんな話を少し書いてみます。

実は事業譲渡しやすい業種だと思う

証券会社が何を扱っているかは会社によって違いますが、総じていえば実は証券会社は合併や事業譲渡をしやすい業種だと思います。

なぜなら、証券会社はあくまでも仲介をしているにすぎず、その仲介をしている金融商品はある程度「規格化」されているものが多いからです。

例えば、東証に上場している株式はどんな証券会社であってもトヨタ自動車なら”7203”という銘柄コードで取引できますし、その商品性は同じです。あくまでも投資家がどの証券会社を通じて売買しているかが違うだけです。

ですから、仮にA証券会社がB証券会社に事業譲渡しても、B証券会社が東証に注文を流す機能を持っていればトヨタ自動車を同様に取り扱ってくれます。

東証上場のETFも事情はほぼ同じです。

国債も同様です。第X回発行分の〇〇国債(〇〇には「個人向け変動」とか「利付」といった文字が入る)は、どの証券会社においても満期までの期間や利率といったものが変化することはありません。

出典:財務省website

証券会社間での預かり資産の移管を経験したことがある方がいらっしゃると思います。

それが手続きこそあれども可能なのは、規格化された金融商品だからこそです。

投資信託は少し事情が違う

個人投資家になじみ深く、利用者も多いのが投資信託です。

つみたてNISAやiDeCoを利用している方であれば多くの方が資金を入れていることでしょう。

投資信託にも個別株の銘柄コードのようなものがあります。

投資信託協会が各投資信託に「投資信託協会コード」という8桁のユニークなコードを付与しています。

投資信託管理システム等ではこの「投資信託協会コード」を個別株の銘柄コードのように使います。

ですからある程度の「規格化」はできています。

が、個別株と投資信託では事業譲渡時にちょっと異なる事情があります。

投資信託はどの商品にも、販売会社、運用会社、信託銀行の3者が必ず存在します。

証券会社は販売会社に該当します。

投資信託の特徴の一つでもありますが、すべての証券会社ですべての投資信託を取引できるわけではありません。

個別株のトヨタ自動車の例で用いたA証券会社とB証券会社の場合、A証券会社で取り扱っていた投資信託をB証券会社では取り扱っていないということは決して珍しくないことです。

出典:投資信託協会website

このような場合A社がB社に事業譲渡するとき、一つプロセスが発生します。

B社が取り扱えるか?

A社がB社に事業譲渡する際は、A社の顧客が預けていた資産もB社に移管するのが一般的です。そうでなければB社が事業譲渡されるメリットが少ないです。特に投資信託は信託報酬の一部を販売会社が受け取りますから、投資信託の資産を受け取ることはB社にとってメリットがあります。

しかしながら、B社が取り扱っていない投資信託に関しては、B社が販売会社になるための手続きが必要です。

その手続きを踏んでまでも欲しい財産なのかどうかはB社が判断することです。

譲渡される側に都合がいいか?

B社が取り扱っていない投資信託を取り扱うためにはB社にとって都合がいいものです。例えばA社の顧客の多くが保有していて、全体の預かり資産が大きいものであれば、B社が新たに取り扱いたくなるでしょう。

一方、A社の顧客のごく一部しか保有しておらず、そのためだけに販売会社になる手続き、システム登録するなどの手続きが必要となると、B社は二の足を踏みたくなるものです。

私が経験した事業譲渡ではこのプロセスでしばしもめた商品がありました。

最終的には譲渡される会社が預かり資産があるすべての投資信託を取り扱ってくれましたが、そのネゴシエーションには2か月ぐらい時間がかかったように思います。

ちなみに米ドルMMFも取り扱っていました。その運用会社は譲渡先が取り扱う米ドルMMFの運用会社と異なるものでしたが、こちらは預けていた資産を米ドルで払い出して、米ドルで預け替えるという手続きをすることにして、顧客に不利益を与えないことで落着させた記憶があります。

投資家として意識しておきたいこと

この記事で例に挙げたA社の顧客はB社に資産を移管するにあたり、必ず同意書が必要になります。筆者が目にしてきた事業譲渡の例でも、この同意書の取得にかなりのマンパワーと時間をかけていたように思います。

同意しない場合は、売却して現金化して引き出すか、自力で別の証券会社等に資産を移管することになることが多いでしょう。

売却時には損益が確定されることになります。

場合によっては課税されるでしょうし、売りたくないのに売却しなければいけないこともあるかもしれません。

よって、普段から「他社へ移管しやすい」商品を選んで保有しておきたいものです。

投資信託であれば、取り扱い販売会社が多いとか、純資産が多いものがいいと思います。

また移管には手数料が発生する場合があります。

筆者が目にしてきた事業譲渡の場合は発生しませんでしたが、自分でB社以外に移管する場合はそのような手数料も想定しておいた方がいいと思います。

ここでは代表的な金融商品について言及しましたが、その他の商品の扱いは事業譲渡のケースバイケースであることも知っておきましょう。

まとめ

証券会社の事業譲渡は取り扱う金融商品が「規格化」されている場合、比較的容易である

上場株、ETF、国債は問題ないことが多いと考えられる

投資信託は、純資産額や取り扱い販売会社次第になることもあるので、普段から「移管しやすい」商品を選んでおきたい

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この記事を書いた人

大学講師兼投資ライター
システムエンジニア->証券アナリスト->地方公務員->セミリタイアな中小企業の嘱託研究員->大学講師

CFP、FP1級、日本証券アナリスト協会認定証券アナリスト保有。
TOEIC950。MBA取得済。投資歴31年余り。

システムエンジニア時代に投信売買システム、生命保険契約管理システムに携わり、それらのしくみにも精通。
趣味はサッカー観戦(川崎Fサポ)、旅、読書、野菜栽培、フラワーアレンジメント。
がんサバイバーでもある。

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