自分の眼が黒いうちは、我が家に相続トラブルなど起こらないと思います!そう自信を持っていたAさんが家族信託を知り、家族と綿密な話し合いを重ねたうえで子ども2人と信託契約を結んだお話をお伝えしました。相談時Aさんはまだ60代前半。これから仕事も落ち着かせ、長年ともに歩んだ奥様とゆったりとした時間を過ごす、と思っていた束の間、Aさんを突然の病が襲います。その時家族信託はどのような役割を担ったのでしょうか。
顧客属性
〇60代前半男性Aさん
〇神奈川県相模原から近い10万人前後の都市に居住し、賃貸アパート跡地の土地を所有
〇不動産運用で苦い経験があり、猜疑心が目立つ
Aさんの死亡と相続発生
死因は虚血性心疾患、いわゆる心不全でした。まだまだこれからという中での死去は我々も驚きましたが、奥様によるといわゆる「ピンピンコロリ」を渇望していたとのこと。家族が受け入れられるのなら我々も同じ方向で、と送り出しました。家族信託のほかにも公的遺言が準備されていました。付帯事項(遺言のなかで法律行為に言及した部分。主に家族への最期のメッセージなど)が添えてありましたが、内容を書くのは控えたいと思います。
さて、我々には役割があります。締結した家族信託の確認とAさんの死亡を受けて適切な形への変更です。担当の司法書士が家族信託を何件も手掛けているため、彼のリードのもとで対策を進めるようにしました。
経験豊富な士業を見て思うのは、こういうときに相談者に寄り添える「静」の部分と、定められたスケジュールを確認して着実に動くこと・動かすことのできる「動」の部分が共存する士業こそ、本当のプロフェッショナルだと思います。
委託者が亡くなれば信託契約は消滅
家族信託は委託者があってこその契約関係のため、委託者が死亡した場合は信託契約が消滅します。また相続と同時並行で行うため、相談者は混乱します。今回は受託者である子どもに許可をとったうえで、可能なところはチームで代理権を行使していきました。このときのポイントは、遺言信託と不動産登記です。
遺言信託は商事信託の一種で、委託を受けた金融機関が遺言の執行者となるサービスです。家族信託では金融機関が関わらないため、委託者が遺言を以って特定の家族・親族に受託者を依頼することを遺言信託と称する場合があります。
いずれにしても今回のAさんは家族信託の組成時点で受託者を指定しているため、遺言信託は該当しません。
次に不動産登記について。前半の記事では言及しませんでしたが、Aさんは家族信託締結の時点で対象不動産の所有権登記を受託者である子どもたちに変更しています。今回委託者の死亡によって家族信託の契約が終了するため、話し合いの結果不動産は子どもたちに相続されました。
もちろんこれは永続的なものではなく、配偶者である奥様(子どもたちにとって母親)が亡くなるまでの柊の住み家という位置づけです。母親が亡くなったあとは現金化し、子どもたちに均等に分けるよう合意をしています。この場合子どもたちが帰属権利者となるため、受託者としての登記から所有者としての登記に変更登記します。
ハイエナならぬハウスメーカーが営業をかけてきた
この期間のあいだには嗅覚鋭いハイエナが連絡をしてきています。Aさんはアパートの跡地(前半参照)を所有していましたが、月に1度は運動を兼ねて所有地を訪れ、草刈りや異常が無いかのチェックをしていました。亡くなった前後、草が伸びてきたことを敏感に捉えたハウスメーカーの営業マンが子どもに連絡し、いかに賃貸経営がリスクなく進められるかを熱弁します。子どもは即司法書士に相談、同席して営業を受けた結果、Aさんが賃貸経営で苦労してきたことも踏まえ今回は「建てない」という回答をしたとのことです。もし我々とのつながりが無ければ一方的な営業を受けていたと、お子さんは安堵していました。
もちろんハウスメーカーは一社ではありません。各社で情報共有をしているのかと疑うほど、1社来ればほかの会社にもターゲットにされます。かつその営業方法はこのうえなく時代にそぐわないとされる、住宅地図を見ての飛び込み訪問です。個人情報も相手の都合も関係ない姿勢には驚くばかりです。都度司法書士を同席させるわけにもいかないため、今後の課題となりそうです。
それにしても個人情報がここまで尊重される時代に、住宅地図から勝手に登記をあげて訪問するなど、どこまで時代錯誤なのでしょうか。まだまだこの方法が常識と聞くと、辟易する部分もあります。
家族信託は終わったが信頼関係は繋がる
今回の手続きを経て家族信託契約は終わりました。残ったのは我々との信頼関係と、「何かあったら相談する」という防衛線です。世の中はわからないことだらけです。また必要があれば相談に乗るとともに、負担にならない範囲で定期的なコンサルティングを続けていければと考えています。個人相談をする専門家の本懐とは、何かあってから解決策を提示することではなく、何かあることを予防することです。
当社として家族信託に感じることは、もっと急速に広まるものであって欲しいという願いです。ただ家族信託単体では契約書類でしかありません。どのような座組は家族にとってベストなのかをプロデュースし、実現していく士業をはじめとした支援者の存在があってこそ、はじめて効果的に動く仕組みと言えるのではないでしょうか。