ゆうちょ銀(7182)株を考察

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大株主が大規模な売出し

日本郵政株式会社(6178 以下:日本郵政)が2023年2月27日に連結子会社であるゆうちょ銀行(7182 以下:ゆうちょ銀)株の売出しを発表しました。

自己株式取得及び自己株式消却に係る事項の決定に関するお知らせ(ゆうちょ銀行)

最大で10億8900万株という規模をゆうちょ銀の自社株買いと市場売却で売るもので、自社株買いは既に終了しています。

ゆうちょ銀という企業

郵便局をチャネルにした銀行業務を営む企業です。

預貯金額では日本最大の銀行です。

一方、法人向け融資業務を営んでいません。

銀行はシンプルに言えば、集めた預貯金を貸出して利息を受け取るビジネスです。

その相手先が現時点では個人のみで、住宅ローンもフラット35を取り扱っているだけです。

ゆうちょ銀が融資に参入するには、金融庁長官と総務相の認可が必要で、郵政民営化委員会の意見を聞いて決定することになっています。

2022年5月には新規参入をめざした融資業務について「すでに過当競争にあり参入することに経営合理性が見いだせない」との考えも示しており、現時点での収益の柱は預かった預貯金を有価証券で運用することです。

資産の6割が有価証券です。

特に外国証券が多いですね。

よって、ゆうちょ銀の業績はマーケットに左右されやすい性質を持っているといえます。

出典:ゆうちょ銀 中間期ディスクロージャー誌 2022

株式の売出しは見込まれていた

日本郵政はゆうちょ銀の筆頭株主です。

2022年9月現在で発行済株式数の約89%を保有しています。

出典:ゆうちょ銀 website

ゆうちょ銀は東証プライム市場に上場しています。

2022年4月に実施された市場再編では、新たな上場維持基準が設けられました。

出典: JPX website

筆頭株主が89%を保有しているゆうちょ銀は「流通株式比率35%以上」を達成できていません。どんなに頑張っても流通株式比率が11%しかないからです。

それは株主構成を見れば一目瞭然で、ゆうちょ銀は市場再編時の上場区分としてプライム市場を選択した際、「新市場区分の上場維持基準の適合に向けた計画書」をリリースしています。

何もしなくてもプライム市場上場維持条件を満たせないからです。

新市場区分の上場維持基準の適合に向けた計画書(ゆうちょ銀行 2021年11月12日)

このリリースには近い将来、日本郵政がゆうちょ銀株の保有割合を50%以下にすることを同年5月に打ち出していると記載されています。

つまり、ゆうちょ銀株は2025年度までの早期に大規模に売り出されることがわかっていた銘柄です。

出典:ゆうちょ銀 IR情報

さしあたり、今回の売出しで、35%という流通株式比率基準を上回る見込みですが、日本郵政は約89%の保有を50%以下にしようとしているわけです。

ゆうちょ銀の時価総額は約4.3兆円です。

時価総額としては大型株と言っていいでしょう。

約4割を市場に放出すると、それだけで1.7兆円ぐらいの規模です。

1.7兆円でも日本株では大型株と言えます。

これぐらいの規模を一度にマーケットに放出すると、株式の流動性が高まる一方、市場に流通する株式数が増えるので、株価にはネガティブに作用することがままあります。

ですから、今回の売出しだけで50%以下にはならないような配慮がされています。

裏を返せば、今後また売出しがあるだろう解釈できます。

売出し発表後の株価の反応

前述したように、株式の売出は株価に対してネガティブに作用することが少なくないのですが、ゆうちょ銀はそうではありませんでした。

チャートを確認します。

青がゆうちょ銀です。

TOPIXと比較してみました。

2月の後半に大きく下落したゆうちょ銀は、売出し発表後大きく値を上げました。

下落は、マスコミが出した売出しの報道への反応だったかもしれません。

一方、売出し発表後に値を上げた理由は正直わかりかねます。

株を買う人は、それがどんな銘柄であれ、株価は安い方がいいです。

安く手に入れられた方がリターンが高くなる可能性があるし、ロスになっても小さくなるわけです。

加えて流動性が上がることに対する懸念で売出し発表後プライスは下げることが多いのですが、ゆうちょ銀の場合は過去の例とは異なる形になりました。銀行株全体が物色の対象になっていたことを追い風にしたのかもしれません。

出典: Yahoo! ファイナンス

しかし、シリコン・バレー銀行の破綻に尾を引いた形で2023年3月13日に銀行株は大きく売られゆうちょ銀もその影響を少なからず受けた結果、同日の終値は売り出しを発表した日の終値と1円しか違いませんでした。売出価格は1,131円に決定しました。少しでも高い値段で売出したい意図を感じます。

受渡日は2023年3月20日になります。

今後想定されること

大規模な売出しですので、確実に「浮動株比率」が上がります。

「浮動株」の定義は、様々な捉え方があり、例えばTOPIXと他のインデックスプロバイダーが提供するインデックスとは定義が異なることが多いです。

とはいえ、89%を保有する日本郵政の保有比率は今回の売出で6割程度になるわけですから、今まで最大で10%程度だった浮動株比率が4割近くにまで上昇します。

ということは、ゆうちょ銀を組み入れている株価指数におけるゆうちょ銀のウエイトが上昇することが見込まれます。

ウエイトが上がるということは、

TOPIXとMSCI ACWI(いわゆる「オルカン」のベースとなっている株価指数)にはゆうちょ銀が組み入れられています。

それぞれのインデックスルールを確認してみました。

・MSCI MSCI Global Investable Market Indexes Methodology より

Liquidity Cutoff Date: the last business day of December for the February Index Review, the last business day of March for the May Index Review, the last business day of June for the August Index Review, and the last business day of September for the November Index Review. This is the relevant cutoff date for data used for the liquidity calculations, such as ATVRs and frequency of trading.

流動性判断は年に4回あり、5月のインデックスレビューでは3月最終営業日が判定日になるということです。

・TOPIX 東証株価指数算出要領より

有価証券報告書などを基に各銘柄の浮動株比率を確認しています。

通常は1~3月決算企業は10月にTOPIXへの影響を修正します。

よって、MSCI ACWIは5月のリバランスで、TOPIX連動資金は10月のリバランスでゆうちょ銀の浮動株上昇が反映されるということです。

これは、インデックス連動資金の買いを呼ぶということですので、短期的にはゆうちょ銀株の買い需要と解釈できます。

ただし、インデックスのリバランスはゆうちょ銀株に関してのみ起きるわけではありません。ほかにも買われるもの、売られるものがあるでしょう。

TOPIXだけで2000銘柄ぐらいあるわけですから。

よって、シンプルに「ゆうちょ銀買われるんだ!」と解釈しない方がいいと思います。

1兆円の行方

もう一つ着目すべき点があると考えています。

日本郵政はゆうちょ銀株の売出しで1兆円程度の現金を手に入れることになります。

得た資金の使い道について日本郵政は「成長投資と株主還元」を挙げています。

出典:日本郵政 IR情報

「株主還元」はわかりやすいのでいいとして、日本郵政にとっての「成長投資」はいったいどういうものなのかが筆者にはまだ理解できていません。

なぜなら、日本郵政は一度「成長投資」に失敗しているからです。

日本郵政は上場半年前の2015年2月、子会社の日本郵便を通じ6200億円を投じてオーストラリアの物流会社Toll Holdings(以下:トール社)を傘下に収めました。

国際物流ノウハウを手に入れる狙いでした。

買収額は買収公表直前の株価の1.5倍だったそうです。

しかしトール社の業績は振るわず、日本郵政はわずか2年後の2017年3月期に4000億円を超える減損を強いられ、2007年の民営化以来、初の最終赤字に転落しています。

トール社は2021年6月に7億円でオーストラリアの投資ファンドに売却しています。6200億円が6年余りで7億円になったということです。

随分高い買い物になりました。

こんな経緯がある故、1兆円を得たとしても、M&Aには慎重になるだろうと想定すると、そう簡単に成長投資案件を見つけられるだろうか?と筆者は考えています。

折しも、東証がPBR1倍以下の企業に対する、改善努力を促そうとしています。

2023年3月13日現在の日本郵政のPBRは0.36倍です。

PBR=株価÷1株当たり純資産ですから、1株当たり純資産が下がればPBRが上昇するという理屈に倣うと、1株当たり純資産を下げる効果がある自社株買いにまずは着手するのではと想像しています。

とはいえ、これは筆者の想像にすぎません。

ホルダーの方は、今後も適時開示等をきちんとウォッチしていただきたいです。

出典: JPX website

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この記事を書いた人

大学講師兼投資ライター
システムエンジニア->証券アナリスト->地方公務員->セミリタイアな中小企業の嘱託研究員->大学講師

CFP、FP1級、日本証券アナリスト協会認定証券アナリスト保有。
TOEIC950。MBA取得済。投資歴31年余り。

システムエンジニア時代に投信売買システム、生命保険契約管理システムに携わり、それらのしくみにも精通。
趣味はサッカー観戦(川崎Fサポ)、旅、読書、野菜栽培、フラワーアレンジメント。
がんサバイバーでもある。

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