株式分割はリターンを左右するのか

2023年から相次いでいるのが日本株の株式分割です。

2024年にルールを変えてスタートしたNISA制度にはつみたて投資枠と成長投資枠があり、成長投資枠は投資できる金融商品の対象が広いです。日本株であれば普通株は整理・監理銘柄以外はNISAの成長投資枠で投資可能でしょう。

成長投資枠の年間投資上限は240万円です。100株単位の取引を原則とする日本の普通株は株価が高いとNISA口座では1単元も買えないため、個人投資家の資金を歓迎したいと考える企業が選んだ手段の一つが株式分割でした。

そもそも、東証は2001年から個人投資家が投資しやすい環境を整備するために、望ましい投資単位として50万円未満という水準を明示しています。

また発行者に対して、50万円以上で株式が売買されている場合には、事業年度経過後3か月以内に、50万円未満の水準へ移行するための、当該発行者の投資単位の引下げに関する考え方及び方針等を開示するよう義務付けています。

目次

株式分割とは

「株式分割」とはその名の通り、1株をいくつかに分割し発行済みの株式数を増やすことを意味します。

「1株を2株に分割します」などといった整数倍で株式分割をするケースが多いですが、中には「1株を1.5株に分割します」のような株式分割が行われることもあります。企業から「1株を2株に分割します」という発表があった場合には、元々その株を100株持っていた人は200株になります。この時、仮に株価が1株あたり2,000円であれば、株式分割後は1株あたり1,000円になります。保有する株数が2倍になって1株あたりの価値が2分の1になっているので、保有している株の価値は実質20万円のまま変わりません。

EPSやPERは利益予想等が変わらない限り、変化しません。バリュエーションに対してはニュートラルです。

出典:「株式分割」とは?メリット・デメリットや効果を投資家の視点で解説 | セゾンのくらし大研究 (saisoncard.co.jp)

株式分割がもたらす変化

主には流動性の向上です。

1株をいくつかに分割することで、1株あたりの単価を下げて株を買いやすくし、より多くの投資家に株主になってもらうという狙いがあります。また、株価が下がることで購入する投資家が増えれば、株価が上昇する可能性があります。

NISA口座の資金を呼び込みたいというのも流動性の向上にプラス寄与するでしょう。

また、発行体側が株主優待制度を実施している場合は、株式分割によって株主優待を受けられる敷居が低くなることがあります。

発行体側のメリットは、安定株主の増加です。

少数の株主によって株式の多くが保有されている状態の場合、1人の株主が株式を売買しただけで株価に与える影響が大きくなります。株式分割によって1株あたりの価格を下げて株式数が増えれば、売買が株価に与える影響が弱まり、株価の安定性が高くなると考えられます。

発行体にとっては株主が増えることで、株主総会の実施や配当支払い時などに通知しなければならない株主が増えるため、株主管理費用が上昇するというデメリットもあります。

大型株の株式分割を考察

前述したように、株式分割はバリュエーションにはニュートラルなので、分割しただけでは株価は変化しないはずです。一方、株主優待制度に変化があるとか、流動性の向上による株価への影響がないとは言えません。

そこで2023年以降に株式分割された銘柄のリターンを計測してみました。

株式分割された銘柄すべてについて考察するのは数が多いので、TOPIX100に該当する銘柄のみ、2023年1月~2024年5月に株式分割を実施した銘柄を対象としています。

リターンは分割から3ヶ月後のTOPIX超過リターン(当該銘柄のリターン-TOPIXのリターン)で計測します。これがプラスであれば、TOPIXよりリターンが大きかったということになります。

まず対象期間に株式分割を実施した銘柄は27銘柄ありました。

TOPIX100がユニバースですから100銘柄中27銘柄が分割を実施したということで、かなり株式分割が多かったと言えます。なお、2024年6月以降に株式分割を実施、実施予定の大型株はいくつもあります。

銘柄 コード銘柄名分割実施分割比率TOPIX超過 リターン(%)
3382セブンアンドアイHD2024/2末1:3-12.7
4063信越化学工業2023/3末1:5-2.7
4543テルモ2024/3末1:2-4.3
4661オリエンタルランド2023/3末1:59.5
6146ディスコ2023/3末1:333.6
6702富士通2024/3末1:10-0.4
6857アドバンテスト2023/9末1:412.8
6869シスメックス2024/3末1:3-4.1
6902デンソー2023/9末1:4-13.3
6954ファナック2023/3末1:5-8.5
6971京セラ2023/12末1:4-18.7
6981村田製作所2023/9末1:37.6
7011三菱重工業2024/3末1:1017.5
7267本田技研工業2023/9末1:3-14.7
7269スズキ2024/3末1:45.0
7832バンダイナムコHD2023/3末1:32.4
8035東京エレクトロン2023/3末1:314.0
8058三菱商事2023/12末1:337.7
8309三井住友トラストHD2023/12末1:25.2
8630SOMPOHD2024/3末1:36.2
8725MS&ADインシュアランスGHD2024/3末1:330.4
8801三井不動産2024/3末1:3-7.1
9020JR東日本2024/3末1:3-10.2
9021JR西日本2024/3末1:2-6.0
9022JR東海2023/9末1:5-3.3
9432NTT2023/6末1:252.1
9983ファーストリテイリング2023/2末1:314.6
出典:東洋経済新報社 会社四季報資本異動情報より

注:リターンは分割実施後3か月のTOPIX超過リターン

TOPIX超過リターンを計測した結果、プラスの銘柄は14銘柄、マイナスの銘柄が13銘柄でした。銘柄数だけを数えれば、株式分割はリターンにほぼニュートラルと言えなくもない結果ですが、実施時期のマーケット環境や個別銘柄の事情は一切考慮していないため、この結果だけで株式分割の効果を判定するのは無理があるように感じます。分割比率がリターンに影響を与えているのかどうかも有意な差は無いように見えます。分割比率は東証が求めている1単元50万円をターゲットにして決めることが多いと考えられ、分割比率は発行体が任意に決められますから、比率はいくつがいいという水準もないのでしょう。

このあたり、もっと膨大な株価データなどを持っていれば、もっといろんなことができます。筆者がアナリスト時代は、勤務先にあるデータを使ってそんなことをやっていました。今は個人投資家故、そこまで精緻なことができないのが残念です。時間をかければできるのですが・・・。

起きているかもしれないこと

株式分割をすると、株価が下がります。

それだけでは時価総額を左右する要因にはならないはずですが、株価の変化には影響があります。「呼値の単位」が変わるからです。「呼値」とは売買の注文をする際の値段の刻みのことで、株価水準によって以下の通りに決められています。

出典:JPX websiteより抜粋

TOPIX500に採用される銘柄は、株価が1,000円以下になると、値の変化が0.1円単位になります。ロットが大きい注文であれば、値の変化を取りやすくなり、細かくリターンを取ることが可能になると思いますが、個人投資家のように100株ぐらいの売買であれば、値動きの小ささが値の上がりにくさを呼んでいるようにも見えるかもしれません。

また、100株ホルダーが、それなりに利益が乗った状況で株式分割されたら、一部は売却して利益を確定してもいいなと思うかもしれません。

これら2つの状況を加味すると、分割後は上昇の圧力が弱まり、下げの圧力が強まる傾向があるかもしれません。

まとめ

株式分割が増えてきた。2024年にルールが変わったNISA制度の影響もあると考えられる。

株式分割自体は株価にはニュートラルなはず。

大型株の株式分割に伴うTOPIX超過リターンを計測したところ、分割がリターンに寄与するかどうかは不明な結果になった。

分割により、呼値が変わる場合は、値動きの差を産んでいるかもしれない。

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この記事を書いた人

大学講師兼投資ライター
システムエンジニア->証券アナリスト->地方公務員->セミリタイアな中小企業の嘱託研究員->大学講師

CFP、FP1級、日本証券アナリスト協会認定証券アナリスト保有。
TOEIC950。MBA取得済。投資歴31年余り。

システムエンジニア時代に投信売買システム、生命保険契約管理システムに携わり、それらのしくみにも精通。
趣味はサッカー観戦(川崎Fサポ)、旅、読書、野菜栽培、フラワーアレンジメント。
がんサバイバーでもある。

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