【FP相談実例】なにもわからなかったが家族信託制度をやってみた(前半・相続前)

自分の眼が黒いうちは、我が家に相続トラブルなど起こらないと思います!自信満々に某相続相談マッチングサイトで相談してきた60代のAさん。そういう問題がない(と自分で考えている方)からコンタクトされることは無いため返答に困っていると、追伸のメールが届きます。そこには先ほどの文章の「自分の眼が『黒いうちは』」と丁寧に二重括弧が加えられていました。当社側で対応していた方も、これが被相続人になる方の本音であり、家族を思う気持ちなんだと腑に落ちます。自分がキャスティングボードを握れるうちは、時に説得し、時に妥協をさせながら家族が相続トラブルにならないよう状況を落ち着かせます。

顧客属性

〇60代前半男性Aさん

〇神奈川県相模原から近い10万人前後の都市に居住し、賃貸アパート跡地の土地を所有

〇不動産運用で苦い経験があり、猜疑心が目立つ

目次

Aさん一家が家族信託を知って始めるまで

家族信託が注目されています。司法書士を中心とした士業が数年前から啓発に力を入れ始めました。最近はITと家族信託を組み合わせたサービスも提供が開始され、士業に対して敷居の高さを感じる方々にもタッチポイントが増えました。

まず、家族信託とはどのような仕組みなのでしょうか。コンパクトにお伝えします。

家族信託とは?

家族信託の定義は「家族による財産管理の一手法」です。資産を持つ方が、その特定財産の管理方法を信頼できる家族に託し、管理や処分を任せる仕組みです。同様の仕組みに商事信託があります。金融機関がアドバイス役となる商事信託に対し、家族信託は家族や親族に管理を託すものです。商事信託と比べ、高額な報酬が発生しないこともメリットのひとつです。

家族信託は3役
委託者財産を有する方。信託契約を締結して資産を委託します
受託者委託者が意思決定を出来なくなった場合、資産管理や運用を代行
受益者資産運用の目的として受益権を持ちます。受託者を監視する役割もあります

イメージとしては現段階で資産を有するお父さんが委託者です。受託者は兄弟のなかでしっかりものの長男でしょうか。受託者は相続関連や資産活用の専門知識が無ければ務まらないイメージがありますが、専門知識よりも委託者の想いを理解し、実現に向けて資産管理に取り組める方が向いています。そして受益者は委託者が資産を渡したいと思っている方です。委託者から見て孫などが該当します。

さて、Aさんはどこで家族信託を知ったのでしょうか。そして、どのように活用したいのでしょうか。細かいレクチャーから、Aさんとの家族信託の組成が段階的に始まっていきます。

亡くなったときに、家族の意見を一番尊重する仕組みはなにか?

Aさんは数代続く地主の息子さんです。1980年代に日本が高度経済成長に沸いているなか、新しく出てきた賃貸アパート経営に執拗な営業を受け、1億円余りのアパートローンを借りて取り組みます。当時の相模原は急激な都市化が進み、賃貸アパート経営自体は間違った判断ではありませんでした。ところが普請された軽量鉄骨のアパートは外壁の薄い安普請。最初は良かったものの、次第に入居率が下落し、Aさんの家計から持ち出しをせざるを得ない月が多くなりました。検討時に膝を合わせた担当者を出すように迫ると退職したとのこと。

代わりに相対する法務部の担当者は(悪い意味で)経験値豊富であり、地主と会社員経験のない自分たちには何もできませんでした。稼働年数を超えて当該地の上物は解体したうえで、いまは一時の駐車場として経営しています。

だからこそ、自分が眼の黒いうちは絶対に頓珍漢な業者に任せることはない。ただ、自分に意思決定ができなくなったら、誰が我々の不動産資産を守ってくれるだろうか。そのような背景から今回、金融機関に委託をする商事信託や不動産信託は対象外でした。

問題は、果たして誰を受託者とするかです。

受託者を長女と司法書士の2名に設定

親族のなかで最も広い視野で物事を考えることができるのが長女でした。そのため長女に家族信託の説明をすると、気持ちとしては受託者をぜひ担いたいとのこと。ただ懸念事項が、資産運用も本格的に展開したことがないため、健全な運用をしていけるか不安という悩みでした。そこで長女の監視役ではなく、あくまで相談相手としてAさんが昵懇にしていた司法書士事務所に依頼します。既にAさんと同年代の前所長は引退していたため、現所長が受託者となります。当社はそこでファイナンシャル・アドバイザーとしての立ち位置で参画することになりました。

家族信託組成の流れと費用感

Aさんが所有している資産のうち、家族で話し合って以下の信託契約を締結することにしました。

受託者は2人の子どもにする

受託者は2人の子どもにしました。既に長男のCには6歳と3歳の孫がいます。当初は孫を受託者とし、Cさんの妹のDさんも特に違和感が無いようでした。Dさんも配偶者がいましたが、結婚して生活も安定していたため、請求権を主張するのも大人げないと考えたのでしょうか。

専門家陣からDさんに質問したのは、「家族信託で遠慮した分相続はどうしますか?」という質問です。ここを可視化しておかないと、いざ相続のタイミングになって家族信託では一歩引いたでしょ?との遡及トラブルが発生してしまうためです。子どもの有無に関わらず、相続において(被相続人との)距離が同じ相続人への資産は同一です。DさんはCさんに相談した結果、受託者は2人の子どもではなく、ひと世代うえの兄弟とすることにしました。親を受託者とすれば、孫も含めた総合的な資産ポートフォリオを構築できるという判断です。

信託資産は不動産と上場株

次の信託の対象とする資産の範囲です。家族信託では資産の全部を対象とすることも、一部に限定することも可能です。Aさん一家が選定したのは、不動産と上場株のみでした。

理由は売却のタイミングです。現金はそのまま承継すればいいし、不動産と上場株もAさんが亡くなったら、売却化するための信託の活用、で方向性がまとまりました。現金をほかの資産にする可能性も無いか?という声が上がったのですが、あくまでAさんが仕掛けた資産バランスこそが家族の答えです。

家族信託を組成するのに必要な資料

家族信託を組成するのに必要な費用は、コンサルティングにかかる費用と、具体的な手続きにかかる費用の二種類です。

(コンサルティングにかかる費用)
・ヒアリングや家族会議への参加
・適切な専門家の紹介や調整
・家族の合意形成や問題点の洗い出し
(具体的な手続きにかかる費用)
・公正証書作成にかかる費用
・不動産登記や登録免許関連
・信託口座開設

今回は現金を信託契約の対象としなかったため、信託財産額として固定資産税額の1.5%~2%の相場額を受け取ります。現金のみの場合は約20万円から40万円という相場が多いようです。金融機関があいだに入ると50万円以上になることもあり、家族信託のリーズナブル感も伝わる結果になりました。

もちろん家族信託における専門家との関係は、信託契約を締結したから終わりではありません。家族それぞれに不明点があれば対応する責務があり、いわば何年ものアフターフォローを通じて我々との信頼感が醸成されていきます。

Aさんがこれから「終活」を迎えるにあたって、ひとつひとつ準備を進めましょう。そんななか、Aさんの体調が急変します。次回は今回結んだ家族信託が、相続時にどのように活用されていったのかを分析します。

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この記事を書いた人

株式会社FP-MYS 代表取締役。

相続×Fintechサービス「レタプラ」開発・運営。2022年夏より金融教育のプロダクト提供。上場企業の多数の執筆・セミナー講師の実績を有する独立型ファイナンシャルプランナー(FP)。

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